宵闇の魔法使いと薄明の王女 2−1

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二章;ひだまりの少女と黄昏の星

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 「えぇと、次の広場を右に曲がって……」
 手元の紙片から目を上げ、ジルファリアはため息を吐いた。
「広……、デケェぞ貴族街……」
 そしてがっくりと項垂れる。

 先刻、野菜売りの老婦からお使いを請け負って貴族街へやって来たものの、なかなか目的地に辿り着けないでいた。
 ただでさえ馬車が通るためにゆとりを持って広く造られた道だ。もう既にかなりの距離を歩いているはずだ。
「しかもなんか、居心地悪ぃ」
 ちらりと脇道を見ると、見るからに高価なドレスを着ている女性が冷たい目線をこちらに向けていた。
 よく見れば街中を歩く婦人達も綺麗に着飾っており、実際ジルファリアは悪目立ちしていた。薄汚れた外套の裾をはたくと、うっすら埃が立った。
「貴族街なんだから、当たり前か」
 幸い野菜売りの袋を持っていたので、御用聞きの小僧か何かだと思われているのだろう。警備の衛兵などにも特に咎められることはなかったが、だからと言って歓迎されているようには見えない。

 「サツキに黙って来ちまったけど、今ごろ怒ってるかもなー」
 心細さからか少々弱気な言葉が零れる。この場に居れば、だからやめとけって言ったやろと説教されるに違いない。
「いや!でも来てみたかったから、これでいいんだ」
 かぼちゃの入った袋を持ち上げ、ジルファリアは気を取り直した。そして紙片にまた目を落とす。
「えーと……、次は坂道になってるのか」
 野菜売りから聞いていたバスター家の屋敷は、貴族達の屋敷の中でも最も大きく広いという。
「ハイネルっていうおっさんはすごく偉いんだって、ばあちゃん言ってたっけ」
 バスター家当主は政治にも深く関わっており、貴族の中でも一、二を争う有力者だという。それ故、彼の屋敷は貴族街の一番奥に位置しているということだ。仮に彼の生命を狙う者が侵入したとして、なかなか辿り着けないように組まれた居住地区の配置らしい。
 石畳の道が上り坂になっていることを確認すると、ジルファリアは歩を進めた。

 「まだ着かねぇのかよ」
 しかし先程から全く変わらない風景に、ジルファリアは段々と苛々してきた。
「全然着かねぇし、……重いし」
 手元の袋を忌々しげに見下ろしため息を吐く。少しずつ街の中心から離れてきたとはいえ、未だ延々と石畳の小道を歩き続けており、次第に足取りも重く感じてくる。
「それに何なんだ、この長い塀は」
 右手側にずっと続いている煉瓦造りの塀にうんざりとした声を上げる。赤褐色の煉瓦が規則的に並び、大人二人分くらいの高さの塀がもうずっと目線の先の先まで続いており、終わりが見えなかった。

 これがどこまで続いているのか、ジルファリアは目を凝らしてみた。

 「んん?」
 その時、ジルファリアの目線の先にちらりと金色の何かが映る。
 首を傾げたジルファリアは少し足を速めて、それが何なのかを捕らえようとした。
 その先に見えたのは、塀の敷地内側に立っている大きな木の上に誰かが腰掛けているところだった。

 「……女の子?」

 木の近くまでやって来ると、その姿がはっきりと見て取れた。ジルファリアがいるところから、更に大人の男三人分くらいの高さにある枝のところに、一人の少女が座っていた。本人は屋敷の方角を向いているのでこちらから顔は見えないが、金色の髪を後ろで結えている赤いリボンから少女だと分かった。

 ちょうど良い。ここが何処なのか聞いてみよう。ジルファリアが声をかけようとしたその時だった。

 突然、金切り声が近くから聞こえてきたのだ。
「うわ!な、なんだ?」
 驚いてそちらを見ると、屋敷とは反対側の道の隅に、ネズミ取りの罠が仕掛けられていた。パタパタとした音と悲しそうな鳴き声が檻の中から聞こえる。
「え、……鳥?」
 覗き込んでみると、小さな鳥が檻の中で白い羽をばたつかせているではないか。
「お前……どうやって入ったんだよ」
 しゃがみ込んで野菜袋を脇に置くと、ジルファリアは罠の檻に手をかけた。
「これ、ネズミ用だぞ?入ったら危ねぇだろ」
 幸い怪我などをしている様子はないが、混乱しているのか鳴き声を上げ続けていた。
「大丈夫だ。いま出してやるよ、っと、いてて!こら、暴れるなって!」
 檻の中に手を入れると、小鳥がそのくちばしでジルファリアの手をつつき出した。
「大丈夫だって、落ち着けって。オレはお前の敵じゃねぇぞ」
 その耳元を指で撫でてやると、次第に落ち着きを取り戻したのか小鳥は小さく鳴いて羽ばたきをやめた。ジルファリアに撫でられて気持ちよさそうにピィと鳴いた。
「よし、乗れるか?」
 手の平を差し出すと、その上にちょんと乗る。応えるようにもう一度ピィと鳴いた。
「ははっ、お前人馴れしてんなー」
 そう言うとジルファリアは素早く檻から小鳥を救い出した。
「気をつけろよー、こんなとこで捕まったらお前焼き鳥にされんぞ」
 すっかり心を許したのか、小鳥は羽ばたきジルファリアの肩に飛び乗った。くすりと笑い、ジルファリアはカボチャを持ち上げると目線を上にあげた。

 「あっ……!」

 ジルファリアは思わず息を呑んだ。
 彼女と目が合ったからだ。

 木の上から振り返り、先ほどの少女がこちらを見つめていたのだ。
 遠目だから表情は分からないが、明らかにこちらに対して意識を向けていた。

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この記事を書いた人

ファンタジー小説が好きです。
読むのも書くのも好きです^^

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