「今日も教会はすごい人やな」
その様子を眺めていたサツキが感心したようにため息を漏らす。
「んん?なんであんなに並んでるんだ?」
「教会の娘の歌を聴きに来てるんちゃう?」
「うぇぇ、オレはいいわ」
「そうか?心を癒す歌なんて、そう滅多に聴けるもんちゃうし」
「それよりもオレはあそこがいいな」
ほら、とジルファリアは指を差した。
教会より少し離れた場所に、もう一つ目を引く建物があった。教会に比べれば小さな感じだが、並んでいる人間の数は同じくらいのものだった。軒先にランタンがぶら下がった紅色の屋根が可愛らしい店だ。
店舗自体はこじんまりとしており、ごった返す客のおかげで余計に店内が狭く見えた。
「あぁ、あそこは確か、ケーキやら甘い物を売ってる店やったかな?」
サツキが首を傾げると、ジルファリアが嬉しそうに頷いた。
「クラケット、あの店にもあるかな?」
先程の追走劇でポケットの中のものは全て食べてしまった。バターの香りを思い出し、ジルファリアは腹の虫が鳴くのを感じた。
「それよか、今日は果物がいいんちゃう?喉も乾いてるし」
「そうだな!オレ、ファリアの実がいいぞ!」
「ふふ、そしたらおれ買っとくから、その辺で待っといて」
ポケットから麻袋を取り出したサツキが噴水のあたりを指差した。
「おお!サツキありがとう!」
「言っとくけど、ワリカンやからな」
最後の念押しを聞いていない風に装いながら、ジルファリアは噴水近くのベンチに腰掛けた。
流石にここまではダン達も追って来ないだろう。時折頬にかかる水飛沫が心地よく、ジルファリアは王城の方へ目を遣った。
自宅の屋根から眺めるよりも近く、白い城壁が一層輝いて見えた。
「きれー」
率直な思いが唇からこぼれ落ちる。
幼い頃からずっと眺めていたセレインストラの王城だ。この国の政治が行われる建造物であり、聖王ウルファスが居住する王宮も隣接している。周囲は美しい湖で囲まれており、その純白の佇まいはまるでおとぎ話の絵画のようだと人々は讃える。
今もまた西陽を背景に佇んでいるその姿に、ジルファリアは心を奪われていた。
「いつか、ウルファス様にも会えたらいいな」
以前公務で広場を訪れていた彼を思い出す。とても柔らかな笑顔が優しそうだと遠目に見て思っていた。
(あんなに優しそうなのに、この国で一番の魔法使いなんだよな)
そう考えるだけで、ジルファリアは心躍った。
「ほんと、すげー」
「あららぁ、困ったねぇ」
ウルファスへの思いを馳せ、両手の拳を握った時だった。
目の前の野菜売りの露店からオロオロとした声が聞こえてきたのだ。
「あれ、ばあちゃん?」
見れば馴染みの老婦だった。何やら頭を抱えている様子で、ジルファリアは駆け寄った。
「おい、ばあちゃん!」
「んん?……おや、ジルじゃないか」
「どうしたんだよ、ばあちゃん、こんなとこで」
「うん、実はね、さっきうちのお得意さまが野菜をたくさん買って行ってくれたんだけど……」
そう言うと、彼女は手元の紙袋に目を落とす。
「このかぼちゃ、持って帰るのを忘れちゃったみたいなんだよ」
「そうなのか?」
そりゃ大変だと呟きながらジルファリアも彼女の手元を見る。なるほど、ずっしりとした様子の紙袋はなかなかに重そうだ。老婦が持って歩いて行くには少々難儀するだろう。
「ばあちゃん、よかったらオレが届けてきてやるよ。場所どこだ?」
「でもジル、重いのにあんたじゃ大変だよ」
「それはばあちゃんもだろ?大丈夫だ、オレ、家の手伝いで粉袋とか運んでるから」
「そうかい?ありがとうね。じゃあお願いしてもいいかい?」
「当たり前だ」
にかっと笑い、ジルファリアは袋を受け取る。
「うん、結構大丈夫そうだぞ、ばあちゃん」
「無理はしないでおくれよ。場所は、バスター家の屋敷だよ」
「うん?屋敷?」
聞きなれない言葉にジルファリアは首を傾げた。
「そうさ。貴族街でも一番大きな、ハイネル様のお屋敷だよ」
「ええっ?!貴族が……」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、自ら両手で口を塞ぐ。反射的に背後を振り返り、果物屋に並ぶサツキに聞こえていないことを確認した。そしてすぐさま囁き声で尋ねたのだった。
「ばあちゃん、そのバスターの屋敷、場所教えてもらってもいいか?」
コメント