ニヤニヤと馬鹿にしたような笑みが相変わらず嫌な感じだとジルファリアは舌打ちする。
「カラスの野郎どもか」
「今日もいつもみてーに馬鹿ヅラだな、黒猫ジル」
背の高い方の少年がこちらを見下ろすように威圧的に笑った。
「変なあだ名つけんな。そういうおまえも鈍そうな身体してんな、ダン」
負けじとジルファリアが返す。その言葉にグッと悔しそうな表情を見せたダンに、さらに畳み掛けた。
「こないだオレらに負けたからって、仕返しに来たのかよ。大勢でかかってきたくせに、たった二人に負けてダサかったよな」
「何をぉ?!」
「おい、ジル。火に油注ぐような言い方はやめとき」
サツキは思わずジルファリアの肩を掴んだ。
「ハーン?洗濯屋はいつも冷静だな、嫌味なくらい」
「ひとつ聞きたいんやけど、おまえらは何でいつもおれらに構うん?別にこっちは何もしてへんで」
そんなサツキの問いかけに、今度はひょろりとした小柄な少年がこちらを指差し甲高い声を出した。
「お前達をカラス団に誘ってやったのに入らないのが悪いんだろ」
カラス団とは、この職人街を縄張りとしている子ども達の集まりのことだ。
その中でも孤児が多く、日々街中のゴミ漁りを生業としており、職人街の中でも更に治安の不安定な裏路地通りなどに住んでいる子どもが多かった。
それだけならまだ支障はなかったのだが、家計のために道端で靴磨きや煙突掃除など仕事をしているほかの少年達に対して、理不尽な喧嘩を吹っ掛ける迷惑な集団と化していたので、街中ではすこぶる評判が悪かった。
それに時折職人街の商店から食料や物品がなくなったりすることが起こっていたのだが、専らカラス団の仕業ではないかと囁く者も少なくなかった。
「誰がそんなところに入るかってんだ」
にゅっと舌を突き出してジルファリアが顔を顰める。サツキは傍らの少年を覗き込んだ。
「なぁビリー、おれらはそういう団体行動みたいなんが苦手なんや。そう断ったはずなんやけど」
「う。だってよぉ、ダンが……」
ビリーと呼ばれた少年がサツキの視線にたじろぐ。そしてダンの方を見遣ると、彼はふんと鼻を鳴らした。
「俺は、黒猫はともかくサツキのことは買ってんだ。頭もいいし喧嘩も強ぇ」
「いや。せやからおれらは……」
「だから、ジルが居なくなりゃお前は一人になるだろ?」
ダンがニヤリと笑う。
「……は?どういう意味だよ」
ジルファリアが眉間に皺を寄せると、ダンは拳をポキポキと鳴らしながら見下ろしてきた。
「今日こそ黒猫の野郎をメタメタのギタギタにしてやろうって言ってんだ!」
そう声を上げるや否や、ダンが大きな腕をぶんと振り下ろす。反射的に後方に飛び退き躱したジルファリアは、その反動でバランスを崩し膝をついた。
「……おい、ダンてめー、こんな街中でおっ始めるつもりかよ?」
「おう!かかってこい、ジル」
「何がかかってこい、だ!そんなメーワクな話あるかっ」
片手を地に付けたジルファリアはちらりと辺りを見回す。幸い人通りは少ないが、それでも露店などが並んでいるし、道の端で遊んでいる子どもや杖をついた老婆だって歩いている。
ジルファリアは立ち上がると踵を返した。肩越しにダンを振り返ると、こちらを睨みつけて拳を握りしめている。
「おい、黒猫。まさか逃げるつもりじゃねぇだろうな?」
「お前みたいなのとやり合うヒマなんてねぇもん、そのまさかだよっ!」
行くぞサツキ!と呼びかけながら走り出す。あっ待て!と張り上げるようなダンの声がすぐに後方から追いかけて来た。
「おい、どこ行くつもりやジル」
すぐに隣に追いついたサツキが走りながら問う。
「とりあえず、アイツら撒かないとな!」
へへっと歯を見せながら実に楽しそうにジルファリアが笑った。
だが次の瞬間、雄叫びのような声と何か大きなものが落下する音がすぐ後ろで聞こえ、途端に笑顔が消える。
「げ」
「まじか」
振り返れば、遥か後方で怒り狂った表情のダンがこちらに向かって酒樽を投げつけたところだった。ごうんごうんと大きな音を立てて樽が転がってくる。今二人が駆けている職人街は緩い坂道で、先の中央通りに向けてなだらかな下り道だった。
「あんなもん転がしやがって」
不機嫌極まりない表情でジルファリアが舌打ちする。
「あぶねー……だろー、がっ!」
振り返りながらジルファリアは脚を旋回させて向かってきた樽に蹴りを入れた。わずかに痛みを感じつつそのまま力を込めて振り上げる。足の甲に当たった樽はそのままダンとビリーの元へと綺麗に弧を描いた。
「誰がメタメタのギタギタにしてやるだって?」
そのまま樽が二人の頭上に落下し、哀れな悲鳴が聞こえてくる。
「オレらにケンカ売るなんて、十万年早いんだよ」
鼻で笑いながらジルファリアは悲鳴からくるりと背を向けた。
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