「おいサツキ、ここって……」
ジルファリアはそのファサード__正面壁を見上げた。
サツキの後をついて走り続けた先は、中央広場だった。そしてジルファリアの目の前には青いとんがり屋根の大きな教会がそびえ立っている。
教会が面している中央広場には、早朝のためかあまり人通りがなく昼間は賑やかな露店も畳まれていた。
そろそろ朝市の時間帯ではあるのだが、今日はあまり店開きがないのかもしれない。ジルファリアはぼんやりとそんな事を考えていた。
「さすが、朝礼拝目当ての修業者たちはおるみたいやな」
目を細めながらサツキがその入り口を見つめる。視線を追うと、なるほど、修道着に身を包んだ修業者たちが開門を待っているようだった。
「え、サツキの目当てって、教会の礼拝なのか?」
こう言ってはなんだが、何者も信じなさそうな彼が信心深いとは到底思えない。
「っちゅーわけでもないんやけどな」
ぼそりと返すとサツキは髪を掻いた。
「じゃあなんで……」
「ごめんなさい、そこ、どいてくださる?」
その時、二人の背後からはっきりとした発音の声が聞こえてきた。
振り返ると歳は同じくらいだろうか、赤みがかった茶色の長い髪を頭の上で結えている少女がこちらを見つめていた。
キリリとした利発そうな深い青色の瞳を見て、どこかで見たような気もしていた。
「あ、すんません……」
サツキがいつになくしおらしい様子で道を譲っている。
「ありがとう」
またもやはっきりとした口調で少女はサツキの近くを横切ると、持っていた麻袋に手を突っ込んだ。途端に、教会の屋根に留まっていた鳥たちが彼女の周りに降りてくる。袋の中から掴み出されたのはどうやら鳥の餌だったようだ。
「みんな、おはよう」
にこやかに彼女が餌を撒き始める。ぱらぱらと広場の石畳に散らばったパンくずを鳥たちが追い、あっという間に無くなってしまった。すると少女が続けて麻袋に手を入れて餌を撒く。
そんな事を二、三度繰り返しているのをジルファリアは何の気なしに眺めていたが、すぐに飽きてきてサツキに痺れを切らしたのだ。
「なぁサツキ、オレもう寒くて……」
そう言いながら彼を振り返ったが、サツキの表情に思わず言葉が止まる。
それがあまりにも見たことのない表情で、ぼんやりと彼女を見つめる彼は頬が少し赤かったからだ。
「……サツキ?」
その表情が成す意味が分からないジルファリアは、無粋にも彼の目の前で手をひらひらと振ってみる。
「な、なんや?」
我に返ったサツキは、一瞬伐の悪い顔を見せたがいつもの飄々とした表情に戻っていた。
「いやべつに。ぼけっとしてどうしたんだよ?」
「……何もないわ。おれらも礼拝堂に入る列に並ぼか」
「えー、やっぱ礼拝堂に用があるのかよ」
ジルファリアが不服そうに声を上げていると、餌を撒き終わったのであろう少女がこちらに歩いて来た。
「キミ、ときどき教会に来てくれてる人よね?」
深い青色の瞳がサツキのことを見つめていた。すると珍しく慌てた様子でサツキが伸びた上着を引っ張り整えた。
「え……、おれのこと知ってはるんや。いつも見えへんようなすみっこに座ってんのに」
「ふふっ、礼拝に来てくれてる人のことは結構覚えてるんだ。いつもありがとう」
「いや、そんな。おれは聴きたくて聴いてるだけやから」
照れたように彼女から視線を外すサツキを見ていると、いくらこういった事に疎いジルファリアでもぴんと来るものだ。込み上げてくる揶揄いたい衝動をかろうじて抑え込んでいるが、口元が段々と緩んでくる。
そんな視線を感じているのだろうが、サツキはこちらを意地でも見ないようにしていた。しかし隣の少女のほうがジルファリアを振り返る。
「それで、悪ガキジルと一緒にいるってことは、キミがサツキ君ってことか」
「は?何だよ、悪ガキって」
急に自分に矛先が向けられ、その上不名誉な名前で呼ばれたジルファリアは眉間に皺を寄せる。
「え、違うの?こないだも、あなたこのへんうろうろしてたよね。貴族街の方へ行っていたみたいだけど」
「あぁ、あの時か」
道理でどこかで見たような不機嫌顔だとジルファリアは朧げに思い出した。
「でも何でオレの名前……」
「街中で有名じゃない、悪ガキジルと相棒サツキって」
「何やそれ……、お前はえらい悪評がついてるみたいやな、ジル」
苦笑しながらサツキがこちらに同情的な視線を寄越した。ジルファリアは面白くなさそうに頬を膨らませる。
どうやらサツキはこの教会へ何度か来ているようだった。今までに見たことのない、はにかんだ様子のサツキを見ていれば、彼女が目当てだという事はばればれである。
しかし聴くというのはどういう事だろう。どこかで聞いたような話だが思い出せず、ジルファリアは首を捻っていた。
「あたしの名前はサリよ、サリ=オランジェット。よろしくね、サツキ君」
にこりと微笑むと、サリと名乗った少女はジルファリアのほうへも向き直った。美人と言われる類の顔立ちだろうが、じろりとこちらを睨みつける瞳に気圧される。
「あと、一応。街中で問題起こしてばっかのあなたとはあんまり仲良くしたくはないけど、悪ガキクソガキジルファリア」
ついでに言うとサリは自分よりも遥かにすらりと伸びた長身であり、そんな彼女から見下ろされる形でジルファリアはとても屈辱的な気持ちになった。
「ふん、オレだってお前と仲良くする気はねーよ。てか、サツキだって問題起こしてんじゃねーか」
「サツキ君はどっちかっていうと、問題起こしてるあなたの後始末っていうか、尻拭いしてるっていうか、そういう噂だけど」
「へぇ、みんなおれの苦労をちゃんと分かってくれてるんやなぁ」
しみじみとしながらサツキが頷く。
「おいサツキ!そんなヤツほっといてさっさと行くぞ!」
ぷんぷんとした様子でジルファリアが歩きだした。
「あ、おいジル!……ほな、サリ、ちゃん。また後で」
こちらに手を振るサリに手を振り返し、サツキは踵を返した。
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