宵闇の魔法使いと薄明の王女 4−7

 「何でおやじがここにいるんや?」
 目覚めて開口一番にサツキがそう叫ぶ。
 黒頭巾を縛り上げた後、ラバードにしては機敏な動きでマリスディアとジルファリアに即席の傷薬を渡し、失神していたサツキには気付け薬を飲ませたのである。それが苦かったのか、未だに渋さを拭いきれない顔でサツキは父を見上げていた。
「そういう面倒な話は後や。ひとまずここから離れるで」
 そう言いながらラバードは懐から紙とペンを取り出し、何かを書きつけた。
「サツキさん、大丈夫ですか?」
 マリスディアが傍らに座り込み、自分の分から余った傷薬を差し出した。
「倒れた時に擦りむいていませんでしたか?」
「あ、あぁ、そこまで酷くないで、お姫さん」
 ありがとう、と言いながらサツキは彼女の差し出した薬を受け取った。
「わたしの不注意が招いたことで、皆さんにご迷惑をおかけしました。本当にごめんなさい」
 申し訳なさそうにマリスディアが頭を下げると、その隣に腰をおろしたジルファリアが彼女の髪をくしゃりと撫でた。
「別にお前が謝る必要ねぇだろ。悪いのは全部コイツなんだぞ」
 くい、と親指を指した先には縛られた黒頭巾が座り込んでいた。黒頭巾は一言も話す気はないかのようにじっと黙ったままだ。
「まー、マリアのお人好しが原因なのは仕方ないけどさ」
 にしし、と楽しそうに歯を見せて笑うジルファリアに、マリスディアも同じように笑った。

 「不敬だぞ、ジル」
 後ろから飛んでくる鋭い声に振り返ると、嗜めるような表情でラバードがこちらを見ていた。
「マリスディア様になんちゅー口の利き方をしてるんや」
 先ほど取り出していた紙を書き終えたのか、丁寧に折っていく。三角に四角にと実に器用だなと眺めていると、それは綺麗な鳥の形になった。
「言うとくけど、お前らは後でコッテリ説教やからな!」
「えぇー……、オレ達マリアのこと助けたじゃねぇかよ」
「馬鹿野郎、そういう問題やない!まずは貴族街に内緒で入ってったとこから全部やからな!」
 多すぎてどこから叱ればええのか分からん!と頭から湯気でも吹き出しそうな勢いのラバードが、鳥の形にした紙を持って窓の側まで歩いて行く。尤も窓の側と言っても、彼がこちら側の壁面全部を蹴り飛ばしてしまったわけだが。
 職人街の裏町を眼下に眺めながら、ラバードは何事かをその紙に向かって呟いた。
 するとどうしたことだろう。鳥の形をしていた紙が、その翼の部分を広げ羽ばたいたではないか。
「えっ……」
 サツキが驚いたように丸い目を更に丸くし、ジルファリアに至っては飛び上がったまま口をあんぐりと開けている。
 紙の鳥はバサバサと翼を動かし、二、三回ラバードの頭上を旋回すると、そのまま西の空へと飛び去った。
「すげっ!おい、おっちゃん今の何だ?!紙切れが鳥みたいに飛んでったぞ」
 すっかり興奮した様子でジルファリアが彼の腕を掴む。
「なぁ、魔法かっ?おっちゃん、魔法なんか使えたのか?」
 すっかり今の出来事に夢中になってしまったジルファリアは問いかけをやめず、ラバードに齧り付いて離れなかった。
「だー!もうやかましいわ!ちったあ黙ってろ」
 そう一喝すると、ラバードはマリスディアの傍に膝をつき恭しく頭を下げた。
「騒がしくしてしまい申し訳ございません、マリスディア様。今しがた王宮の方へ伝書鳥を飛ばしましたので、もう安心です」
 その声と話し方があまりにも堅苦しかったので、ジルファリアとサツキは思わず顔を見合わせた。
「助けてくださって、ありがとうございます。えぇと」
「申し遅れました。私はラバード=キリングと申します」
「ラバード様、本当にありがとうございます」
「勿体ないお言葉にございます。付きましては、城から迎えが来るまでの間に、私の自宅で休息を取っていただきたいと思うのですが。よろしいでしょうか?」
「よろしいのですか?嬉しいです」
 それではとラバードは微笑み、マリスディアに手を差し出した。
 彼女を立たせると、ラバードはジルファリアとサツキを振り返る。
「サツキ、ジル。マリスディア様をうちにお連れしてくれ。粗相のないようにな」
「分かったぞ。おっちゃんは?」
「俺はこの黒装束のヤローを……って、なっ!」
 ふと、縛り上げていた黒頭巾のほうを見たラバードが仰天した。
「あーっ!あいつ、どこ行ったんだ?」
「おらへん……」
 ジルファリアもサツキも呆然と見つめた。
 そこには黒頭巾を縛り上げていた縄だけが残され、跡形もなくその姿は消え去っていたのだ。
「くっそ、一体どうやって」
 マリスディアの前とあって堂々とは毒付けないものの、思わずラバードが舌打ちする。
「あいつ、変な魔法を使ってたからな。もしかしたら魔法で逃げ出したのかも知れねぇぞ」
 腕組みをしたジルファリアが唸る。
「そうか……、何者なんやろな」
「なんかひょろっと細長くて、ユーレイみたいだったけどな」
 枯れ木のような朽ちた姿と、あの不気味な金属音の声。思い出しただけでもぶるりと身震いしてしまう。ジルファリアは顔を顰めた。その様子を見たラバードは両腕をぶんぶんと振って首を傾げる。
「まぁ、はっ倒した時に手応えはあったから、生きてる人間やと思うけどな」
 どちらにしても王族に手をかけたのだ。重罪人として手配されることになるだろうとラバードが呟いた。
「さぁ王女、それでは参りましょう」
「そういえばおっちゃん、ダン達はどうなるんだ?」
 マリスディアに手を差し出すラバードを思わず呼びとめてしまったジルファリアは、足元に転がっているダンやカラス団の面々を見回した。
「あぁ、いくら子ども達といえど、王女誘拐に関わっているからな。後から来る衛兵達に捕縛されると思う」
 そう言い放つラバードの目はいつもとは真逆の恐ろしく冷たい光を宿しており、ジルファリアはごくりと唾を飲み込んだ。
 その視線の強さに何も言い返せないでいると、ラバードはさっさとマリスディアを伴って階段を降りて行ってしまった。
「どうした、サツキ?」
 後に続こうと足を踏み出したジルファリアだったが、傍らにぼんやりと立ち尽くすサツキの様子に足を止めた。
「なぁ、おやじってあんなんやったか?」
「ん?おっちゃん?」
 首を傾げたジルファリアが相槌を打った。
「確かに、今のおっちゃんは怖かったよな」
「それもそうやけど……」
 言いかけてサツキはそのまま視線を落とす。
「おやじが魔法を使えるなんて、おれは知らんかった」
「そうだな、確かにおっちゃんが魔法使ったのはすごかったな!」
 虚な瞳のサツキとは対照的に、ジルファリアは弾んだ声で感心したように頷いた。そんな声など聞こえていないかのように、サツキが俯く。
「サツキ、そんな気にすることねぇよ。おっちゃんだって洗濯屋以外に、今まで傭兵のバイトとか色々してたんだろ?」
「そういうんやなくて……」
 サツキがかぶりを振り、ぽつりと言い放った。
「おやじ、まるで役人みたいやった」
「おっちゃんが?……そうかなぁ」
 ジルファリアはサツキがなぜここまで思い悩むのか、この時は理解できなかった。ラバードの話題の豊富さも、今までの経験の多さからくるものだろうと思っていたし、サツキほど深く考えなくとも、とすら思った。
「なら、後で聞いてみりゃいいじゃん」
「おやじに?」
 首を傾げるサツキに、ジルファリアは自信満々な表情で大きく頷いた。
「おっちゃんは何者なんだ?ってさ。気になることは聞いた方がスッキリするって」
「そか……、せやな」
 サツキは最初きょとんとしていたが、やがて納得したように微かに笑みをこちらに見せた。
「お姫さんのことが片付いたら、おやじに聞いてみるわ」
 ありがとなぁ、と安心したように笑うサツキに、ジルファリアは大きく頷いたのだった。

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この記事を書いた人

ファンタジー小説が好きです。
読むのも書くのも好きです^^

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