宵闇の魔法使いと薄明の王女 4−3

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 「あ、ここ。ここだぞサツキ」
 ジルファリアが囁く。
 難なく職人街の奥まった裏通りを抜けてきた二人の目の前には、オンボロな三階建の時計塔が建っていた。と言っても機械部分はとうに壊れており、時計の役割は果たしていないのだが。やや傾きかけたその木造建物はもう持ち主はおらず、親のいない子ども達が雨風を凌ぐために住み着いているのだ。その子どもたちが先述のカラス団というわけである。
「アイツら、中におるんか?」
 時計塔から少し離れた廃屋の影で、サツキが小さく尋ねる。その足元にしゃがみ込んでいたジルファリアは首を捻った。
「ダンたちの姿は見えねぇけど、なんか変じゃねぇ?」
「変って?」
 サツキの問いかけに答えず、ジルファリアはカラス団のアジトとなる時計塔をじっと見つめた。
 職人通りの喧騒から離れたこの裏町はとても静かで、そしてどこか殺伐とした空気が流れている。通り過ぎる大人たちも荒んだ目をしており、下手をすると絡まれ怪我しかねないので、ジルファリア達はそんな視線を躱すように景色に溶け込んでいた。今も横を通り過ぎる飲んだくれのオヤジに睨まれ、サツキは首を竦めた。
「あ、分かった。チビたちがいねぇんだ」
 ぽんとジルファリアが手を打つ。
 時計塔の出入り口の部分__今は扉もなく開けっぱなしになっているのだが、いつもはそこに見張りをしている小さな子どもが何人かいたはずだ。だが今日は誰もいない。
「あー、そういやそうやな。なら、今がチャンスってことか」
 サツキの言葉にこくりと頷くと、二人はそのまま物陰に身を隠しながら時計塔に近づいていった。が、
「あ、あかん。ジル戻り」
 突然背後のサツキに外套のフードを引っ掴まれ、そのまま時計塔の裏手へと引っ張り込まれる。
「何だよサツ……」
 文句を言おうと振り返ったが、こちらの唇に指を当てたサツキに止められた。すぐに入り口のあたりで足音がする。
 壁越しにそっと覗くと、ダンが建物の中から出て来たところだった。

 「なぁ、ダン。俺らの雇い主はまだ来ないのか?」
 ダンと同じ歳くらいの少年がせかせかとした様子で尋ねた。
「あわてんな。もうちょっとしたら来るだろ」
「って言ってもよ、やっぱ役人に見つかったらって思うとさ」
「なんだ、お前怖いのか?」
 弱気に俯く少年にダンが鼻で笑う。
「……だって、王女だぞ?」
 その言葉でジルファリア達に緊張が走った。サツキと二人顔を見合わせると、さらに耳をすませて彼らの会話に集中する。
「しっ!こんなとこで滅多なこと言うなよ。それこそ誰かに聞かれでもしたら……」
「そうだよ。いま役人が来たら、捕まるのは俺たちじゃん」
「だから、ここで怪しい奴が来ないか見張ろうって言ってんだろ?……ってわけだからお前、ここにずっと居ろよ?」
「えーー、ダンは?」
「俺は王女さまが逃げ出したりしないか見張るためにも上戻るわ」
「そんなぁ……」
 などと情けない声をあげている少年を残し、ダンはまた屋内に引っ込んでいった。

 「な、聞いたか?やっぱマリスディアはここにいるんだ」
 嬉々とした様子でジルファリアがサツキを振り返る。
「お前の勘が当たったな」
「だから言ったろー?やっぱりダンたちが絡んでやがったんだな」
 両拳をポキポキと鳴らし、ジルファリアは既に臨戦態勢に入っていた。
「ちょ、待て待てジル。こんなとこであの見張りの子をやってしもたら、それこそ奥にいるお姫さん、またどっか連れ去られてまうで」
 ひとまず落ち着けとサツキが嗜める。それもそうかとジルファリアは先程の会話を反芻した。
「ダンは上に戻るって言ってたな。ってことは、二階か三階にいるってことか」
「そういうこっちゃ」
 短く唸ると、ジルファリアは時計塔の外観を眺める。中に入らずにどうやって王女のところまで行こうかと思案していると、ふと視界に映ったそれに瞳をきらきらとさせた。
「なぁ、この雨樋を上ってったらどうだ?」
 なるほど、とサツキも感心したように頷く。これくらいなら二人にとっては訳がない。
「けどめっちゃ目立つやろうから、なるべく見つからんようにさっさと上らんとあかんやろうな」
「そうだな。ダンたちが言ってた雇い主ってやつも気になるし」
「要はお姫さんの誘拐を企んでるやつが後から来るってことやろ?」
「どんなやつなんだろうな」
「さー。けど、絶対関わらんほうがええ。とっとと行こか」
 気を引き締め頷くと、ジルファリアは軽く飛び上がり雨樋に手を伸ばした。足の裏をしっかりと外壁に着けると、手繰るように器用に雨樋を上っていく。「ほんまお前は身軽やなぁ」と下の方から相棒の声が聞こえたが、相槌も打たずはやる気持ちで上へと上り続けた。
 やがて二階の小窓に近付いて来たので、窓越しにそっと覗いてみる。中は小さな部屋があり、カラス団と思しき少年たちがぎゅうぎゅう詰めに座っていた。その数にジルファリアは呻き声を上げる。
「うわ……、何だよアイツら。チビと女たちはさすがにいねぇけど、団員ほとんどいるんじゃねーか?」
「やっぱ入り口から入らんで正解やで。あんな数相手にしてたら時間の無駄や」
 いつの間にか隣まで上がって来ていたサツキがうんざりしたように返した。
「ここにマリスディアはいねぇな」
「じゃあ三階ってことやな」
 急ごうと返し、ジルファリアはまた雨樋を伝って上り始めた。ふと思いついたように街並みを振り返ると、職人街が見渡せるくらいの高さまで自分達が上ってきたことに気がついた。通常の建物で換算すると倍くらいの階層まで来ているのだろう。その時、強めの風が吹き雨樋が軋んだが、流石のジルファリアも身が竦んだ。ごくりと唾を飲み込むと、そのまま上階を目指した。
 同じくこの高さに怖気付いたのか、下から着いてくるサツキが徐に声を掛けた。
「なあジル、おれ不思議なんやけど」
「ん?何だよ?」
「お前、何でここまでするんや?たかだか一度か二度会っただけの子やろ?そらまぁ、王女様なんやったらほっとかれへんけども」
「マリスディアが王女なのは関係ねぇよ」
「ほな何でや」
 ジルファリアは答えずに黙々と手と足を動かし続けた。
 何故ここまでするのか、自分にも分からなかったからだ。ただ、肩を震わせながらも自分のことを助けてくれた彼女のことをこのまま知らん顔というわけにはいかなかった。それに、
「……アイツさ、泣いてたんだ」
「ん?」
 自分たちは友達だと伝えたジルファリアの言葉に、涙を流しながら嬉しそうに微笑んでいた彼女の顔が過ぎる。
「マリスディアは友だちだから、ほっとけねぇよ」
「へぇ〜……」
 そう返したサツキの声が何だかニヤけているような声色を含んだので、慌てて下を見下ろそうとする。
「サツキ!い、言っとくけど、今の、べつに深い意味はねぇからなっ!」
「おやぁ?おれ、別に何も言ってへんで?ジルに新しい“オトモダチ”ができてよかったなぁって思ってるだけやし?」
「じゃあ何でそんなおかしな声になってんだよ!」
「別にぃ〜?ほらほら、ジル、下なんか見たらビビるから止めとけ」
 からかうようなその口調にむぅと頬を膨らませたが、諦めたようにまた空を見上げた。
 三階の窓まであともう少しといった所だ。窓は硝子張りになっており、少々割れてはいるもののぴったりと閉じられていた。
 上階に向けて張られていた雨樋は、そのまま屋根の軒下まで続いている。あそこにぶら下がれば反動で窓を蹴破れるだろうかと思案した。

 「おい、いい加減その反抗的な目をやめたらどうだ!」

 その時、ダンの声が外まで飛んできた。

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この記事を書いた人

ファンタジー小説が好きです。
読むのも書くのも好きです^^

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