「今日はおっちゃんは?」
ジルファリアが思い出したように問いかける。“おっちゃん”というのは、サツキの父、ラバード=キリングの事だった。洗濯屋の主人でとても豪快な男だ。いつも陽気に大口を開けて笑う彼の事をジルファリアはとても慕っていた。
「今日は店番やってるわ」
サツキがため息を吐く。
「珍しいな、いつもはサツキに丸投げして遊び回ってんのに」
「雪でもふるんちゃうか」
「常春のセレインストラでそれはねぇよ」
空を仰ぎ見るサツキに、ジルファリアは嬉しそうな顔で返した。
「でもホントにいい天気だよなー、今日も」
「なんやそわそわして。どっか遊びにでも行きたいんか?」
お前と一緒に行動するとロクな目に遭わんからなぁとサツキが続けるが、そんな嫌味が聞こえていないジルファリアは、眩しそうに左手を額の上に翳して空を眺めた。
同時にシャラリと微かな音を立てて鎖が手首を滑る。ジルファリアの手首に何重かで巻かれたそれは、細い鎖のブレスレットだった。銀細工であしらわれており、中央にはこれまた銀でこしらえた小さなプレートが装飾されている。
そのプレートが陽の光を受けて光り、サツキが目を留めた。
「それ、いっつもつけてるよな」
「ん?ああ。これは父ちゃんと母ちゃんが、オレが生まれた時の記念にそこの金物屋で作ってもらったらしいんだ」
顎をしゃくり、ジルファリアは斜向かいのオンボロな商店小屋を指した。
「へぇ、子どもが生まれてこんな洒落たもん作るなんて、意外とロマンチストなんやな、おばちゃん達」
そう呟きながらサツキがジルファリアの左手を取る。
ブレスレットのプレート部分には文字が刻印されており、所々汚れで見辛くサツキは目を細めた。
「ええと、……我が……愛……する、ジ……ル」
「ちょ、読み上げんなよ、恥ずかしいだろ」
しばらくそれを眺めていたサツキが今度は裏返して見ると、どうやら裏側にこのパン工房の住所が打刻されているようだ。
納得した様子のサツキは、にやにやとジルファリアの顔を面白がるように見つめた。
「なるほど、迷子札の役割も兼ねてんのか」
「どういう意味だよ……」
むぅと頬を膨らませたジルファリアが何かを言い返しかけたその時、
「くぉらぁぁぁぁ!やっぱりここにいたかっ!」
そんな怒号と共に破壊しかねない音を立てて、頭上の窓が開け放たれた。
「げ、母ちゃん……」
見上げれば青筋をこめかみに立てたジルファリアの母アドレが仁王立ちになっているではないか。
「さっきから呼んでるだろう?聞こえなかったとは言わせないよ、ジル!」
「え、呼んでたっけ?」
「嘘をつくなー!」
目を吊り上げてこちらに飛び出さんばかりのアドレを見ながらサツキが苦笑いする。
「“我が愛する”って、おばちゃんのどこからあんな歯の浮くような言葉が……」
「サッちゃん!」
「うえぇ?!ハイっ!」
突如矛先を向けられサツキの声が上擦った。
「サッちゃんには渡したい物があるんだよ、ジルと一緒に降りといで」
「へ?……あ、はい」
サツキに目配せをしたアドレは、ジロリとジルファリアを一瞥すると階下へ降りて行った。
「あーあ、さっさと逃げとけばよかったなー」
ぶつぶつと愚痴りながらジルファリアが窓の桟に手をかける。どうやら観念したようで、サツキを振り返った。
「入れよ、サツキ」
「了解」
サツキも同じように窓に手をかけた。
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