四章;夕刻の追走劇
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__……ぃ、……。……ぉい……、……!
遠くのほうから切羽詰まったような声が聞こえているような気がする。
意識を戻そうと試みたが、なかなか思い通りにはいかなかった。
(いてー……)
身体が揺り動かされているのか、その振動でズキズキとした痛みが後頭部から広がり、目を開けるのも苦労した。
「おい!ジル、起きや!!」
その時耳元で最大の声量で呼ばれ、鼓膜に伝わるびりびりとした衝撃に目を開いた。
「さ、サツキ……?」
自分を揺り起こしていたのは、先ほど店を出て行ったサツキだった。珍しく不安げな表情でこちらを見下ろしている。
「え、……ここ、どこだ?」
飛び起きた反動で痛んだ頭を振ると、ジルファリアは辺りに目を走らせる。
「学生街のはずれにある、農園通りや」
確かに。のどかな田園風景がそこに広がっており、先ほどまでの緊迫した空気などは露ほども残っていなかった。
「そうだ。マリスディアは?男たちは?!」
思い出したようにサツキに食ってかかるが、彼も困惑した顔で首を傾げるだけだ。
「ここにはお前一人だけやったで」
そんな返答に落胆し、ジルファリアはそっかと呟いた。
「サツキは何でここに?」
「おれは、あれからカラス団のあとを追ってたんや。そうしたらお前が農道のど真ん中でぶっ倒れてて、手は縛られてるし……ほんま、ビックリしたわ」
サツキはため息を吐き、ジルファリアが身を起こすのを手伝う。
まだ痛む頭を手で抑えたジルファリアは縛られていた縄が無くなっているのに気がついた。おそらく彼が解いてくれたのだろう。呆れた表情でサツキがこちらを覗き込んだ。
「お前、今度は何しでかしたん?」
「何もしてねぇよ!……ただ」
咄嗟に言い返すが、まずはどこから話せばよいかと言葉を切った。
「マリスディアが……、変な男たちに誘拐されて」
「マリスディアって、王女のマリスディアさまか」
「……んん?」
サツキの返事に耳を疑う。
「……王女?」
思わず聞き返すと、サツキが黙ったまま頷いた。
「あいつが?」
「そーや。……呆れたわ、ほんまに気づかんかったんやな」
「サツキは知ってたのか?」
「お前が貴族街で会ったっちゅう女の子の話を聞いた時にな」
「なんで?」
オレなんて何も気づかなかったぞ、とジルファリアは不服そうな顔をした。
「ジル、言ってたやろ?金色の髪をした子って。金色の髪を持つのは、この国では王族だけや」
「そうなのか?知らなかった。……でも確かに、マリスディアもこの髪はめずらしいからからかわれるって言ってたな」
「そんで、確かウルファス様の一人娘の名前がマリスディアやったなーと思て」
「そこは教えろよ。オレちっとも気づかなくて、バカみてぇじゃねーか……」
不貞腐れるジルファリアに、サツキは悪い、と短く返す。
「まぁ、あえて自分から言わんかったんやったら、お姫さんも知られたくなかったんちゃうかなって思ってな」
同じ年齢くらいの友人が今までいなかったと打ち明けた彼女の顔を思い出す。ジルファリアはきゅっと胸が縮むような痛みを感じた。
「早く、助けねーと」
「え?」
「あの男たち、さっき言ってたんだ。俺たちの役目ももう終わるって」
「誰か別の人間に引き渡すっちゅうことか?」
首を傾げたサツキに頷き返すと、ジルファリアは腕を組んだ。
「これ、オレの勘だけどさ、サツキはここまでカラスを追って来てたんだろ?」
「あ、あぁ。まぁ、ジルを見てる間にどっか行ってしもうたけど……あ」
サツキがぴんと来た表情でこちらを見る。
「キリングのおっちゃんが前に言ってたんだ。職人街にはいろんな人間が住んでて、外からもいろんな人間がやって来るって。ってことは、誰かよそのやつが紛れてても気づかれにくいよな」
「カラス団がそれを手引きしてるっていうんか?」
「うん。だってあいつらのアジト、裏通りだろ?」
ジルファリアがしたり顔で頷く。
「まぁ確かに、あいつら最近おとなしかったしな。なんか企んでんのちゃうかとは思ったけど」
「な?じゃあ決まり、行ってみようぜ」
「え、ちょお待てや。ほんまに行くんか?」
慌てて引き止めるサツキに、ジルファリアは鼻息を荒くし大きく頷いた。
「当たり前だろ。マリスディアが捕まってんだよ」
「誰か大人に伝えた方がええんちゃうか?」
「そんなことしてたら時間がかかるだろ。それに、オレたちみたいな子どもの言うこと誰が信じてくれるんだよ」
ジルファリアは俯いて地面に目を落とす。そして最後に見た彼女の様子を思い出していた。
「あいつ、ほんとは自分も怖かったんだ。なのに、オレを助けるために自分から残るってさ、オレのこと庇ってくれたんだ」
「ジル……」
「だから、あいつのことほっとけねぇよ。今すぐ助けてやりたいんだ」
その必死な様子にサツキは諦めたようにため息を吐いた。
「分かった。ただし、無理はせんこと。何かあったらすぐ大人に相談や」
「大丈夫だ、職人街はオレたちの庭だぞ。それにさ……」
そう言いながら、ジルファリアは首から下がっているペンダントを彼に掲げて見せた。
「この何とかの雫っていうのを吹くと、助けを呼べるみたいなんだ。マリスディアを無事に助けたらすぐに使うからさ」
「じゃあ今使えや」
「いやだ。あいつの居場所が分からないうちに城から助けなんか来たら、目立ってカラスのやつらが居場所を変えるかもしんねーだろ?」
「うう……ん、一理あるけど無理もある」
納得し難い様子のサツキを後に、ジルファリアは駆け出した。
「ほら、早く行くぞ!サツキー!」
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