宵闇の魔法使いと薄明の王女 3−2

 「お、おっちゃん……」
 つい先日のこととこれから行こうとしている場所が頭を過り、ジルファリアの顔が引き攣った。
「ん?ジル、サツキはどうした?」
 そんなジルファリアの様子にも気づかず、ラバードは首を傾げながら辺りを見回す。
「い、いや……、その」
「今日はそっちに手伝いに行ってたんとちゃうんか?」
「さ、サツキは何か気になることがあるって、出て行っちゃってさ」
 思わず声が上擦ってしまう。じわりと背中に汗が滲んだ。
「気になること?あいつ、店番ほっぽり出したってことか?」
「あー、いや、それはいいんだよ。もう手伝わなくていいって母ちゃんも言ってたしさ」
 何とか気取られないようにしなければ。早くこの時間が終われとジルファリアは両手を忙しなく擦り合わせた。
「そうか?アドレにすまんって伝えといてくれ」
「うん、任せろ」
 ラバードがよっこいしょと手に提げていた袋を担ぎ直す。
「今日は買い出しでな。今から色々回らんとあかんのよ」
「そうなのか、おっちゃん大変だな」
「おう。ほんならな、ジル」
 にかりと笑いながら踵を返すラバードにほっと胸を撫で下ろしたジルファリアは、彼とは反対方向に足を向けた。

 「ところでジルは今からどこへ行くんや?」

 後ろからラバードの硬い声が聞こえた。
 思わずぎくりと足を止め振り返る。
 ラバードは首だけこちらに向けて不思議そうな顔をしていた。硬い声というのは気のせいだったか__自分の後ろめたさからそういう風に聞こえたのかもしれない。取り繕うようにジルファリアは笑いながら返した。

 「他の友だちに会いに行くんだ」

 賑う職人通りの坂道を突っ切るように下りながら、もうこれ以上は誰にも会いませんようにとジルファリアは祈るような気持ちで先を急いだ。
 この辺りは問題ないが、貴族街に入ったら見回りの衛兵などもいるだろう。今日は野菜売りのお使いでも何でもない。ただの不審者である。
 どうやったら怪しまれずにバスター家の屋敷まで辿り着けるだろうかとジルファリアは考えを巡らせていた。

 「ん?あれ……」
 ちょうど中央広場に差し掛かった時、視界の隅に見知った姿を見つけた。
 まさに先ほどサツキとの会話にでてきたカラス団だった。ダンが広場の隅っこで他の面々と何やら話し込んでいる。
 彼らから気づかれないようにと死角を位置取って走ることにした。
「何やってんだ?あいつら」
 サツキの話を思い出し一瞬訝しげな顔をしたが、そんな興味もすぐに手放した。
 そんなことよりも、自分は今からもっと危険な目に遭うかもしれないのだ。そちらの方がわくわくするじゃないかとジルファリアは満面の笑みを浮かべた。
 広場に出ている露店の間を縫うようにすり抜け、先日の野菜売りがいないかと目を走らせた。
「今日はばあちゃん来てないか……」
 仕方がない。今日はお使いとしてではなく、やはり不審者として貴族街に乗り込むしかないと、ジルファリアは更に満足そうに頷いた。
 幸い自分は前回バスター家から帰って来た時、人通りの少ない道を逃げてきたのだ。その道筋は覚えている。
「確か、教会の脇の道に出てきたんだよな」
 サツキに声を掛けられた場所を思い出しながら、その道を探す。
 ジルファリアが目指したのは、中央広場に面して大きく聳え立つ青いとんがり屋根の教会だ。教会は広場の北西__貴族街の入り口あたりに位置している。
 聖堂の前を通ると、その扉の前で鳥たちに餌を撒いている少女が立っていた。
 自分と同じ歳くらいだろうか、利発そうな深い青の瞳が印象的だった。
 何の気なしにそちらを見ていると、彼女もこちらをちらりと見、途端に不機嫌そうな顔に変わった。見知らぬ少女からそんな目線を向けられる覚えはないとジルファリアも彼女と同じような表情になり、先を急ぐことにした。
「何だ、あいつ」
 教会の脇を抜けながらジルファリアは首を捻った。しかしながらすぐに興味を失い、これから待ち受ける冒険の方に意識が向いた。
 次第に見覚えがある小道が見えてくると、顔が輝く。そして先日のことを鮮明に思い出した。
(確かこのへんに……)
 記憶を頼りに目線を巡らせると、思った通り__脇道を見つけた。そしてそのまますり抜けるように身を滑り込ませたのだった。

 貴族街中を巡る小道はしんと静まり返っており、表通りの活気さとは程遠いものだった。そりゃそうだとジルファリアは思案しながら走り抜ける。
(貴族はふつう馬車で移動するもんな)
 このようなところを通り抜けるのは、自分のような町民の中でも職人や御用聞きなんかだろう。
 おかげで誰にも会わず進むことが出来ているわけだが、ジルファリアはふとひとつの疑問にぶつかった。
(こんなザルみたいな造りで悪い奴らに入り込まれたりしねーのかな)
 現に自分という不審者がこうして走り回れているわけだが。
「おっと……!」
 道を間違えたか、小道から表通りに出てしまいそうになり、ジルファリアは足を止めた。
 目の前を衛兵たちが通り過ぎていく。
(あ……ぶね)

 バスター家の屋敷まではもう少しのはずだと、ジルファリアは額の汗を拭った。

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この記事を書いた人

ファンタジー小説が好きです。
読むのも書くのも好きです^^

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