宵闇の魔法使いと薄明の王女 2−4

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 「いたか?」
「いや、こっちには居なかった!」「あちらを探せ!」

 物々しい雰囲気で衛兵たちが目の前を横切っていく。屋敷の見張り兵だろうか、高級な作りの兵服に身を包んだ数人が足早に駆けていた。手には長い槍を持っている。
 あんなもので一突きにされたらと考えるだけで恐ろしい。物陰に潜みながらジルファリアは身震いした。
 しばらくすると彼らはジルファリアが来た方向と逆の方へ去って行った。

 「衛兵っていっても意外と気づかねぇもんなんだなー」
 ひょこりと首だけ出し、辺りを窺う。先ほどまでの静寂が戻ってきたようだった。
 帰るなら今のうちだ。早く貴族街を離れようとジルファリアは駆け出した。なるべく人通りの少ない細道を選び、ただひたすら駆けていく。

 見つかればタダではすまないであろう事態なのに、ジルファリアの口元には笑みが浮かんでいた。
 勿論この状況を楽しんでいるのに違いはなかったが、何よりも自分と同じ年頃のあの少女と話せたことが嬉しかったのだ。サツキとも職人街の友人たちとも違う、自分とは全く別の世界で生きている彼女と出会えたのは、未知の感覚だった。

 (母ちゃんのことは、可哀想だったけど……)
 彼女の悲しそうな表情が脳裏を過ぎった。

 「元気出せよ、マリスディア」

 「誰が元気出せって?」

 「うわ!」
 突然背後から声が聞こえ、ジルファリアは仰天した。
 立ち止まり振り返ると壁際にもたれ掛かったサツキが立っていた。半ば怒っているような呆れたような顔でこちらを見つめている。どうやら彼の前を気づかずに通り過ぎていたようだ。
「サツキ……」
 気づけばジルファリアは中央広場まで戻ってきていた。サツキの立つ傍には広場のシンボルになっている教会があったし、目の前では大道芸人が曲芸を披露し、子ども達が喜んで取り囲んでいる。
 その賑やかな様子にジルファリアはほっと息を吐き出した。
「今までどこ行ってたん?」
 咎めるような視線でサツキがこちらに近寄ってくる。
「その、ま、迷子になってて、えーどこだったかなー……」
 サツキへの言い訳を全く考えていなかったジルファリアは適当な言葉を探し始めた。同時に不審なくらいに目が泳ぐ。
「誤魔化しは効かんで、ジル。野菜屋のばあちゃんに聞いてる」
 さぁ聞かせてもらおうかと言わんばかりにサツキが腕を組んだ。その圧にジルファリアがたじろぐ。
「う……」
「入ったんか、貴族街に」
 端的な問いかけに観念し、ジルファリアはこくりと頷いた。
 はぁ、と呆れたように長いため息を吐くと、サツキは頭を抱え込んだ。
「さっきあれ程アカンって言われたやろ、なんで入るかなー」
「だって、ばあちゃん困ってたし、貴族街行ってみたかったんだ」
 頬を膨らませるジルファリアにサツキがびっと指を突きつける。
「おやじに知られたらめっちゃしばかれんで、お前」
「むー、けどさぁ……、あ!そうか、いいこと考えついたぞ、サツキ」
 ぽんとジルファリアが手を打つ。
「なんや?」
「おっちゃんには内緒にしとけばいいんだ。な?」
「な?……やないわアホー!」
 とうとうサツキの鉄拳がジルファリアの頭に振り下ろされた。
「痛ぇ……」
「当たり前や。ええか、お前ももう知ってると思うけど、おやじはこういう隠しごとをすぐに見抜く。バレんのも時間の問題や」
「そうだよなー、なんでかおっちゃんは鼻が利くんだよな」
 今までバレてきた数々の悪戯へのお仕置きを思い出し、ジルファリアは青ざめた。そんな様子を見てサツキは肩をすくめた。
「まぁ止めれんかったおれも共犯や、なるべく知られんようには頑張る」
「サツキー、ありがとう!」
「あといっこだけ聞いとくけど、誰にも会わんかったやろうな?誰かに顔でも見られてたら衛兵が探しにくる可能性だって……」
「会ったぞ?」
「会ったんかい……」
 流石に呆れ果てたのだろう。怒る気力もないといった具合で、サツキは肩を落とした。
「でもマリスディアは誰かに言いつけたりしないと思うぜ?」
「は?だれ?……え、マリスディア?」
 怪訝な顔で問いかけるサツキに、ジルファリアは嬉しそうに頷いた。
「めずらしい金色の髪しててさ、なんか木登りが上手くておもしろ……」
「待て待て待て!金色の髪ってお前それ……」

 その時、王宮の方から鐘の音が鳴り響いた。
 夕刻を告げる音だ。

 陽が落ち、王城の向こう側……西側には美しい茜色の空が広がっていた。

 「黄昏時や」
「もうそんな時間か」

 たそがれ時には帰りましょう
 もうじきお空がかがやくよ
 たそがれ落ちて
 よいやみ来るの
 よいやみ来たら
 お化けの時間のはじまりだ

 みんなのことを守るのは
 きらきらかがやくお星さま
 聖王さまのたそがれぼし

 そんな歌声がどこからか聞こえてきた。ジルファリアにも聴き覚えがある、セレインストラの童歌だ。
 ジルファリア達の横を小さな子どもが母に手を引かれて歩いて行った。どうやら親子で歌っていたらしい。
「ほらほら、早よ帰らんとお化けが来るで、ジル」
 ニヤニヤとした笑みを浮かべてサツキがジルファリアを小突いた。
「ば、バカ!もうお化けなんて怖くないぞ」
「お前は暗いとこが苦手やったもんなぁ」
「な、何だよ、もうガキじゃねぇんだから怖くないって!」
「えぇ?そうなん?まだ夜中の厠には一人で行かれへんっておばちゃん言ってはったけど……」
「なっ!母ちゃん……」
 勝手に自分の隠し事をばらされ、面子を潰された気分だ。ジルファリアは誤魔化すように走り出した。
「あっ、怒んなやジル。悪かったって。誰にもこの事は言わへんからぁ」
 慌てて追いついて来るも未だニヤけている彼の表情が腹立たしく、ジルファリアは鼻を膨らませた。

 中央通りの川沿いを走ると、夕刻時の涼やかな風が頬を撫でる。同時に、街路沿いの家々からは夕餉の支度をしているのだろう、とても食欲をそそる匂いが漂ってきた。

 「そういうオメーはオレがいない間どこ行ってたんだよ、サツキ」
「ん?おれか?」
「そーだよ」
「うーん……、ま、どこでもええやん」
 しばらく考えるフリをした後、サツキがニヤリと笑った。
「なんだよ、内緒なのかよ」
「そういうわけちゃうけど、……まぁ、エラいべっぴんさんに会ってたってことにしとこか」
 丸い瞳を気怠げに伏せ、サツキはぽつりと呟いた。ジルファリアはその様子をまじまじと見つめた後で首を傾げた。
「なぁ、サツキ。お前ほんとは幾つなんだ?」
「失礼なやっちゃな!お前と同じや!」
 並走しながら叫び合うので、中央通りには二人の声が響き渡っていた。
「だって、たまに大人みたいな時があるんだぞ」
「おやじの影響ちゃう?」
「おっちゃん、むずかしい事とか知ってるもんなー」
「意外やろ。普段は飲んだくれてるのに、いろんな事教えてくれるわ」
 なるほど、だからサツキは同世代の子どもよりも大人びており、難しい言葉を使っているのかとジルファリアは納得した。
「ま、ほとんどは女の人口説くような無駄な知識ばっかりやけど」
「ははっ!おっちゃんらしいな」

 「だーれが無駄な知識ばっかり持ってるて?」

 そろそろ職人街の入り口に差し掛かる頃だと思っていたところだった。
「うわ!おっちゃん!」
 中央通りから職人通りに入るところに、仁王立ちになっている大柄な男が立っていた。
「おう、お帰り、おめーら」
 途端に陽気な顔でラバードは片手を掲げた。
「おやじ、どうしたん?」
「サツキ達の帰りが遅いから迎えに来たんや」
「そんな事いつもはせーへんのに」
 きょとんとしているサツキの髪をわしゃわしゃと撫で回しながらラバードが笑う。
「ええやろ、たまには。かわいい息子どもを心配せーへん親がどこにおる」
「わわっ!ちょ、おやじー」
 元々伸びっぱなしの髪が更に揉みくちゃになりサツキは悲鳴を上げる。
「へっへっへ、喜べ。今夜の飯は俺様特製地獄スープや!」
「えー!あれだけは嫌や!」
 ラバードの腕から逃れられずサツキは更に悲鳴を上げているが、ジルファリアは彼がとても楽しそうにしている事に気がついていた。大人びているだとか普段は冷静だとは思っていたが、父と一緒にいる時のサツキは年相応の幼い部分を見せる。
 その様子にほっとしたジルファリアは思わず微笑んだ。

 「おいジル、パドに呼ばれたから晩飯を一緒に食うことになったで」
 サツキとじゃれていたラバードがこちらに手を振る。
「え、そうなのか?……ん?ってことは」
「喜べ!地獄スープをお前にも振る舞ったる!」
「えーー!いらないぞ!」
 ジルファリアの悲鳴とラバードの豪快な笑い声が職人通りに響き渡り、側の靴屋からうるせーぞと怒鳴られたのは言うまでも無い。

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この記事を書いた人

ファンタジー小説が好きです。
読むのも書くのも好きです^^

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