宵闇の魔法使いと薄明の王女 2−2

 「おーい!」
 気がつけばジルファリアは声を上げて彼女に手を振っていた。
「そこで何してんだー?」
 そこまで叫んではたと口を塞ぐ。このような閑静な場所だと、自分の声が思った以上に響き渡っていることに気が付いたのだ。
「これじゃ不審者じゃん」
 だが木の上の彼女は、返事こそしないもののこちらに向かって手を振り返してくれた。ジルファリアはぱっと顔を輝かせると、ちょっと待っててくれと呼びかけて塀に寄りかかった。

 丁度頃合いの蔦が煉瓦を這っているのを確認し、よし、と声を上げる。左手に野菜袋を抱えたジルファリアは、もう片方の手で蔦を握りしめた。
 そしてぴょんと軽く地を蹴ると、足の裏を塀にしっかりと着けて踏ん張る。

 「お前も着いて来んのか?」
 肩の上の小鳥に声をかけると、ジルファリアは一歩一歩飛び上がるようにその蔦を伝って登っていった。
 するすると高い塀を登っていくことは彼にとって造作もないことだったが、それが貴族の屋敷ともなると話は別だ。不審者以外の何者でもないし、見つかってしまえば捕まるどころではなくなるだろう。ラバードの忠告以上の仕打ちが待ち構えているに違いない。
 だが今のジルファリアは、ともかくこの塀を上って、木の上の少女と話がしたいという気持ちだけで行動していた。

 「よし、登れたぞ」
 塀の上までやって来ると、ジルファリアは満足そうに頷いた。
 立ち上がってみると、その高さに思わず足が竦む。塀の幅自体はしっかりと取られており足場に困ることはなかったが、それでも地面からの高さと吹いてくる風によろめきそうになり、ジルファリアはおっとっととバランスを取った。

 「大丈夫ですか?」

 自分より少し上に位置する枝から声が降ってくる。
 顔を上げると、先ほどまで遠目に見えていた少女がすぐ目の前に座っていた。
「ここ、風が気持ちいいけど、ちょっと強いから」
 困ったように微笑みながら少女が髪に手をやる。肩まで伸びた髪が風に吹かれてふわふわとなびいていた。

 「きんいろ……」

 遠目には見えていたが、間近で見るとまったく違って見える。それほどまでの美しさにジルファリアは息を呑んだ。
 黄金色の髪が陽の光を受けて、まるで宝石のようにきらきらと輝いていた。ジルファリアはしばらく呆けていた。

 「あ、その、珍しいですよね、この色」
 まじまじと見つめていたジルファリアの様子に、少女が困惑した顔で返す。ジルファリアは慌てて手を振った。
「あ、ごめん。いや、確かに金色の髪の毛ってこの国じゃあ珍しいけど、そうじゃなくて」
 一旦言葉を切ると、言葉を探すために宙を見つめた。
「きれいだなって思って」
 ぽろりと零れたその言葉と、それを受けきょとんとした少女の表情にはたと我に返る。
(いや、オレ女の子に何言ってんだ。恥ずかしー)
 能弁なサツキじゃあるまいし、言い慣れない言葉を我ながら口にしてしまったものだとジルファリアは俯いた。
「ありがとう」
「え?」
 不意に聞こえたその言葉に顔を上げる。彼女はこちらに笑顔を向けていた。
「この色でからかわれることも多いから、嬉しいです」
 そんな彼女の声は、まるで鳥みたいだと思った。
 朝起きた時に聞こえる、優しく囁くような小鳥たちのさえずりをジルファリアは思い出した。
 話し方にも気品があり、自分とは全く違う世界で生きているのだなと、同時に少々居心地が悪くなった。
「……てか、そんな事でからかわれたりすんのかよ」
「どうしても目立ってしまいますから」
「ふぅん、しょうもねぇヤツもいるんだな」

 こんなに綺麗な色をしていて、まるでお日さまからできた糸みたいなのに。

 と、口に出しそうになったが、思い直して口を噤んだ。
「しょうもねぇ?」
「はは、お前にはあんまり馴染みのない言葉だったよな」
「そうかもしれません」
 歯を見せて笑うと、彼女もつられて笑った。

 「なぁ!お前、名前なんていうんだ?オレはジルファリア。ジルファリア=フォークスっていうんだ」
 ジルファリアの言葉にぱっと顔を輝かせた後、一瞬考え込んでいた彼女は小さく返した。

 「マリス……マリスディア、です」

 「そっか!よろしくな、マリスディア!オレのことはジルでいいぞ」
 ジルファリアは嬉しさからニカっと笑って見せた。
「ジル……はい!よろしくお願いいたします」
 彼の名前を反芻すると、途端に彼女の表情にも笑みが溢れた。
 それに反応するように、いつの間にかジルファリアに頭の上に移動していた鳥がピィ、と鳴いた。
「あ、あなた、さっき助けてもらっていた子ね。よかった」
 そんなマリスディアの言葉に、今度は彼女の肩に停まる。
「わたしの肩にも乗ってくれるの?ありがとう」
 マリスディアは嬉しそうに小鳥の嘴を撫でた。

 しばらくそうして鳥と戯れている彼女を横目に、ジルファリアはなんとも言えない照れ臭い気持ちになった。
「ネズミ捕りに捕まっちゃなかなか出られねぇからな」
「ふふ、ジルは優しいんですね」
「そうかな」
 鼻の頭を指で掻き、ジルファリアは目線を逸らす。

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この記事を書いた人

ファンタジー小説が好きです。
読むのも書くのも好きです^^

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